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不屈の挑戦 950回目の正直?

資格試験ブーム到来。南蛮にも文明の波が訪れた?

資料写真:
三国志大戦3 群雄042 C董荼那
アギュポー!

 益州南部の雲南で、戦闘用乗象免許の筆記試験に落ち続けていた男性が950回目の挑戦で合格した。

戦闘用乗象免許は益集南部で用いられている生物兵器の扱いに関する資格。象は用法を誤ると味方を踏み潰す等弊害を生むため、戦闘用乗象に関する法律で資格制になっている。     

男性の得点は合格ラインぎりぎりの60点。4年前から毎日のように受け続け、受験料だけで500万銭以上掛かったという。

 雲南では同地方を実効支配する孟獲氏が将兵の質量ともに勝る蜀軍に対抗するため、配下の将兵に同資格の取得を推奨している。しかし同地方の住民は試験はおろかそもそも読み書きすら満足にできないため、取り組みは難航している模様。今回合格した男性も「今回は○×のカンが冴え渡った。1/2が30個だから確率は・・・、・・・・・、・・・・・・・・。??? 1/60?」と試験の実効性に疑問の残るコメントを発している。

 

自らも試験に挑んだが挫折した孟獲軍将校董荼那氏のコメント

「アギュパ、ピパピホピペペペ。ポラギュパラポ(翻訳不能のため原語でお伝えしています)」

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950回目の正直

死亡前の命日、管輅氏が漏らす

  • 2009-11-17 (火)
  • 主要
  • 作成者:玄鵬

平原の占術家管輅氏が、趙顔さん(19)の命日を死亡前に漏らしていたことが分かった。

資料写真:
お悔やみ・お供えアレンジ
命日に

平原の城外を散策していた管輅氏が、田を耕していた趙顔さんを見かけて声をかけ、「お前はもう死んでいる。お前の命はあと三日。」などと告げたという。まだ死の影の見えない若者に命日を宣告したことになる。
これを聞いた趙顔さんは父親と相談の上、なんとか命を助けてくれるように泣く泣く嘆願した。これを聞いた管輅氏は、寿命を延ばす方法を教えたという。趙顔親子は、これから酒と鹿肉を持って南の山に向かう予定。

この報告を受けて,鍾毓魏郡太守は記者会見で「事実としたら極めて遺憾だ。私も以前、管輅氏に命日を漏らされそうになったことがある。趙顔さんがいつどのように死ぬのか、正確なところを確認している。事実確認はできていない。」

このニュースに巷間では、趙顔さんがイケメンだと話題になっている。
「さすが、名前負けしてねえな」「管輅は自分がブサメンだからって、イケメンに嫉妬しただけじゃないのか」などの意見が沸騰しており、中には「(死の)執行猶予付かないかな… 結婚したい」といった仰天エールまで。

人の死に造詣の深い北斗さんの談話。
「このように天機を簡単に漏らされては困る。北斗神拳の継承者だって、死の3秒前くらいになるまで宣告はしてしない。今後このような事態が起こったら天罰を加えることも検討している。」

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諸葛誕氏、寿春で反乱 活動開始も前途多難

寿春の諸葛誕氏が司馬氏への反旗を翻した。果たしてその行方は

 魏国で司馬一門のクーデター後、中央政界から身を引いていた諸葛誕氏が11日、赴任先の寿春で若手有史と反司馬氏の反乱を起こした。同氏らは魏と敵対している蜀呉に協力を呼びかけているが主張への支持は広がらず前途多難だ。

 寿春城で決起集会を開いた同集団の名称は「司馬一族をおおいにやっつけるための諸葛公休の団」。集会終了後、諸葛誕氏は記者会見で曹魏政権から司馬一門の一掃を誓うとともに、

「わが団は司馬氏をやっつける同志を広く募集しています。

過去に司馬氏やっつけたかったことのある人、

今現在とても司馬氏をやっつけたい人、

遠からず司馬氏をやっつけたくなる予定の人、

そうゆう人がいたら我々に相談するとよいです。たちどころに反乱に導きます。確実です。ただし普通のやっつけたさではダメです。我々が驚くまでにやっつけたくないといけません。 注意してください。」

として、各方面に反乱への参加を呼びかけた。

 メンバーの一人文欽氏は「さらに賛同者を募る」として既に蜀呉両国に援軍の依頼を出したことも明らかにしたが、要請された両国の反応は鈍い。一部には

「ヒャッホー! 戦だ!!(姜維氏)」

など歓迎する向きもあるものの、両国の意見の大多数は

「巨乳のいないSOS団に興味はないでおじゃる(劉禅氏)」

「素直クールのいないSOS団に興味はない(孫亮氏)」

等支援に消極的な模様。またやっつけられる側の棟梁司馬昭氏も「今更ハルヒか」とあきれつつも即座に30万近い鎮圧軍の編成を開始しており、諸葛誕氏の反乱は前途多難のようだ。

 

諸葛誕討伐軍の参謀総長に任命された鍾会氏のコメント
「蜀呉の君主の言うとおりメンバーが萌えキャラの集まりなら危なかったが、ヒゲのオッさんどもなら楽勝だ。この一戦で私の武名を上げる。ふんもっふ。」

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自民・河野氏が若手勉強会 活動再開も前途多難
SOS Dan web site

諸葛喬氏、遺体で発見:益州の桟道で

  • 2009-11-12 (木)
  • 主要
  • 作成者:hal

「この戦いが終わったらゆっくり話し合おう。家督のこと、将来のこと」
 ↑やっぱり死亡フラグでした

資料写真:
ゴルゴ13
射殺?

 

漢中郡警は11日、諸葛亮丞相の嫡子諸葛喬氏が死亡したと発表した。

発表によると同氏は先月より成都から漢中への兵糧輸送の任務に当たっていたが11日朝、野営幕舎より出てこないことを不審に思った配下が起こしにいったところ同氏が頭から血を流して倒れているのを発見した。漢中郡警によると、同氏の頭部と陣幕の一部に何かが貫通したような痕があることから、自殺他殺の両面から捜査を進めることにしている。

諸葛喬氏は25歳で呉の重臣諸葛瑾氏の次男。子のいない諸葛亮氏に嫡子として養子入りしていたが、昨年諸葛亮氏に実子が誕生したため、一部の関係者からは家督争いの懸念も出されていた。

発表に対し岐山に出征中の諸葛亮氏は「養子といえ子に先立たれることは非常に悲しいが、今は漢室再興の宿願を果たすことで息子への供養としたい。」と書簡でコメントしている。

兵糧輸送部隊の責任者で犯罪論にも詳しい李厳氏のコメント

「漢中郡警によると彼の頭部にはかすかにコゲたあとがあるとか。これはおそらくビームによる狙げk・・・うわなにをするやめr(通信が切断されました)

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巡査長、署の非常階段で拳銃自殺…千葉・浦安

矢、眉間に刺さる 徐晃氏死亡

  • 2009-11-05 (木)
  • 主要
  • 作成者:hal

なぜ関羽とも引き分けた猛将が敗れたのか。それ以前に人間は2度以上死ねるのか。魏国でまた不可解な事件が起こった。

 
 魏国大都督司馬懿氏は、徐晃氏が荊州で戦死したと発表した。発表によると徐晃氏は蜀軍の北伐に呼応した荊州の上庸城を攻略中の4日午後4時ごろ、同城を守る孟達氏が放った矢が眉間にささり死亡したとのこと。

 徐晃氏は62歳。一昨年、病で亡くなり壮侯の諡号を受けていたがいつの間にか復活、今回の攻撃に従軍していた。当然、集まった記者たちの質問は死亡の事実関係より「どうやって生き返ったのか」に集中したが、司馬懿氏は「これもラピュタの科学力だ」と述べるにとどまり、先日の張郃氏のときと同様に真意の読み取れないコメントを発していた。

 なお、上庸城はその後司馬懿氏率いる魏軍本隊により陥落、蜀軍内からは「やっぱり孟達では無理か」と落胆の声が上がっている。
 
孟達氏の反乱に参加し捕縛された申儀氏のコメント
「すいません! ほんっとすいません!」
 

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